『そして、バトンは渡された』


映画化、今年の10月公開だそうですね。

永野芽郁さん、田中圭さん、石原さとみさん、岡田健史さん、大森南朋さんらがキャストに名を連ねており、

大好きな役者さんばかりで、おおっ!と思いました。


原作は、瀬尾まいこによる同名の小説、2019年に本屋大賞を受賞している作品です。

読まれた方、タイトルは聞いたことがあるよ、という方も多いのではないでしょうか。


小説家 瀬尾まいこ


個人的なことを申しますと、原作の著者、瀬尾まいこさんは、

2年前から読み始めていて筆者が現在一番好きで推している作家さんです。

もともと中学校の国語教諭をされていたそうですね。

文章が美しく、柔らかい。

以前ご紹介した北村薫さんも、もともと国語教諭だったかと思うので、

筆者は国語教諭の文章を好きになる傾向があるのかどうか・・・余談ですね。


作風


瀬尾まいこさんの色々な作品の中で、登場人物は様々なものを抱えています。

そしてそれらはなかなか軽いものではなく…

この世を去ろうとして失敗した女性だったり、

親がいなくなってしまった子だったり、

恋人を事故で亡くしてしまった子だったり。


特に、機能不全家族を扱っているものが多い印象ではあります。


けして説明的じゃなく、しかし色んな登場人物が世界を見て感じ取るひとつひとつに、

その人の心情が映し出されていて。

その一つ一つにすごくこちらも揺さぶられ、感動させられるのです。

重いものはずっと底辺に流れているけれど、

それを感じさせずに軽やかな文章で描写されていて。

でも、軽く扱われているわけではなく、とても繊細に、大切に、その欠損や傷を内包し、

その上にあたたかいやり取りを展開させていく。

そのバランス感覚が絶妙なのです。


今回映画化される「そして、バトンは渡された」も、その例にもれず。

瀬尾まいこ著 「そして、バトンは渡された」

以下、ネタバレとなりますのでご注意ください。


「困った。全然不幸ではないのだ。」

という書き出しで物語は始まります。


主人公は17歳の女の子、森宮優子。

物語の中では「私」として一人称の語り。


実母がなくなり、父と再婚相手の梨花の元で育つがその後離婚、父は海外に行き、梨花と生活をするが、

梨花はさらに2度再婚し、離婚(しかも2人目は2ヵ月で離婚!)。

梨花の2人目の再婚相手である「森宮さん」と「私」の2人暮らしが始まってまだ3年も経っていない時期というところから始まります。

描かれている設定は、決して軽くはない。

でも、描かれるのは、この軽くないテーマの上に流れる日常で、とてもささやかで、あたたかく、

個性的な登場人物たちと展開されるユニークなやり取り。

そして、そのささやかな日常を土台に、再びその深いテーマに触れていきます。


優子は、とてもクールで、物事を冷静に論理的に見ているような女の子です。それはそれでとても魅力的で。

成育歴を知った学校の先生が心配したりもしますが、書き出しの言葉通り、

全然困っていなくて逆に申し訳なくなってしまう、というような感想を持つような女の子。

親が何度も変わったけれど、みんないい人たちで、自分を大事にしてくれたと感じながら素直に生きている。

友達もいる。気になる男の子もできたりする。

成育歴以外はいたって普通の17歳の女の子。

むしろ、どの親からも惜しみない愛情を受けて育ち、幸せだと感じている。


そして「森宮さん」はどこか初々しさを残している、天然なところもあるけれど一生懸命な青年。

「私」のために色々やるけれど、ずれている。ずれているけれど、一生懸命。

森宮さんがどこか抜けていることをやって、「私」がツッコむ、というようなほのぼのとした雰囲気も素敵で。


親が変わるたびに、理解し、生活する箱が変わるだけ、というような様子で淡々と受け入れてきた「私」でしたが、

物語が進む中で、森宮さんと何気ない会話や思い合う気持ち、日常の積み重ねを経て、

次第に、生活の箱ではなく、森宮さんという個人に対して、かけがえのなさを抱くようになっていきます。

その感情は、優子にとっては少し扱うのには厄介な感情で。



『みんないい人なのはわかっている。けれど、恨みや怒りが湧いてしまいそうになることもあった。

別れた人がたくさんいるのだ。懐かしさや恋しさは簡単に募った。

だけど、そんなものを抱えていたら、私の心はむなしく澱むだけだ。


自分が今いる場所で生きていくしかないのだ。期待や不安に心を動かすのはやめだ。

住む場所と、一緒にいる人が変わるだけ。』


優子は自身の心を振り返る。第一章の終盤。


『森宮さんが腹をくくってくれたのと同じ。私だって覚悟をしている。

一つ家族が変わるたびに、誰かと別れるたびに、心は強く淡々としていった。

でも、今の私は家族を失うことが平気なんかじゃない。

万が一、森宮さんが私の父親でなくなるようなことが起きれば、暴れてでも泣いてでも阻止するだろう。

醜くなって自分のどこかが壊れたってかまわない。

いつも流れに従うわけにはいかない。

この暮らしをこの家を、私はどうしたって守りたい。

…森宮優子。いい響きのいい名前だ。次、自分の名字を変えることがあるとするのなら、それは自分自身だ。

それまでは森宮優子。それが私の名前だ。』



こうして、第1章が幕を閉じる。

ここで紹介はしませんが、森宮さんは再婚2ヵ月で梨花から離婚届が届けられたとき、

どんな思いでそこにサインをしたのか、

森宮さんと優子が親子になる決意をした最初の場面、

そこでもまた、素晴らしい会話が展開しているので、是非読んでほしいです。


そして、続く第2章は、100ページ程度の短い話なのですが、さすが瀬尾まいこさん。

そこに本当に凝縮してきます。名シーンだらけです。



おわりに


今回はこのあたりで終わりにしておこうと思いますが、本当に素晴らしい本です。

優子の成育歴こそ、字面でみると特殊ですが、

物語の中では何か特別なことが起こるわけでも、事件があるわけでもない。

それでも、登場人物の心の変容、成長、覚悟、自分というものを掴んでいくその過程など、

とても繊細に大切に紡がれていて、それらが物語に説得力と深みを持たせていきます。

全ての人にお勧めしたい本です。